地球温暖化防止、CO2排出削減が強く叫ばれる昨今、原子力の重要性は再び強く認識されるようになってきました。 一方で、近年多くのトラブルや事故も発生し、原子炉の安全性に対する懸念が広がっているのも事実です。 今後少なくとも20~30年は現行の軽水炉およびその改良型軽水炉に頼らなければならない現実をふまえると、 原子炉材料の劣化をよく理解することは、従来に増して重要な課題です。
当研究室では、放射線照射による材料損傷の基礎学理の探求を基礎に置きながら、実際の原子炉材料の劣化のメカニズムを解明し、将来の劣化の予測・制御を目指しています。 特に、劣化の主因と考えられていながら、最新の電子顕微鏡でも観察が難しい、ナノ・サブナノスケールの欠陥や不純物クラスター等を、 陽電子消滅法や3次元アトムプローブ法というユニークな手法を用いて検出・解析しています。 これらの計測技術や知見は、原子力材料に留まらず、半導体デバイス開発等の他分野にも、大きく貢献しつつあります。
研究室は、茨城県大洗町の附属量子エネルギー材料科学国際研究センターにあります。 平成21年4月に発足したばかりの研究室ですが、従来の原子力材料研究の常識にはとらわれない、新しい研究を進めていきたいと思っています。
① 原子炉圧力容器(RPV)鋼の照射脆化機構の解明
RPVは非常に高い安全性が要求される事実上交換不可能なコンポーネントです。
長年の中性子照射によって照射欠陥やCu不純物を中心とした超微小析出物の形成や、リンの粒界偏析などが起こります。
これら劣化(脆化)機構を、陽電子消滅法や3次元アトムプローブ法等によって明らかにしつつあります。
図1 ベルギー発電炉監視試験片に見いだされた粒界偏析や超微小析出物の3次元アトムプローブ観察
② 陽電子量子閉じ込めを利用したナノスケールの局所領域の解析手法
原子力材料の劣化機構を解明するため、新しい計測手法の開発も行っています。
例えば、我々が発見した「陽電子量子閉じ込め現象」を応用して、新しいナノ析出物の電子状態解析法を開発しました。
これによって、陽電子は、照射欠陥のみならず微小な析出相のプローブとして使えるようになりました。
図2.陽電子量子閉じ込め現象(a)によって明らかになった鉄中に埋め込まれた銅のナノ析出の電子構造(フェルミ面)(b)。
放射線照射された圧力容器鋼にはこのような電子構造を持ったナノ析出物が高密度に形成されています。
③ MOSFET中のドーパントの酸化物界面への偏析の分析
原子力材料の研究で我々が培ってきた計測技術は、半導体デバイスの開発にも貢献しつつあります。
例えば、微細化に伴って顕著な問題になってきたMOSFETの特性ばらつきの原因となるドーパントのナノスケールの不均一な分布を解明しつつあります。
図3 MOSFETのゲート酸化膜付近のドーパント分布の3次元アトムプローブ観察。ヒ素がSiO2酸化膜/Si基盤の界面1層に偏析している様子がわかる。